DeNA 剽窃記事サイト事件を受けて,改めて DuckDuckGo を推奨する

DeNAが9メディアの記事を非公開に、転用奨励で批判相次ぐ | ロイター
DeNA、健康・美容サイト「WELQ」運営見直し 内容に「医療デマ」と批判相次ぎ
DeNA、「WELQ」騒動で「MERY」以外の9媒体を非公開に–守安社長「私自身の判断の甘さ」 – CNET Japan

 無内容で嘘偽りに満ちた極端に低品質な記事を,手段を選ばない SEO で強引に検索結果の上位に表示させる。そしてその内容は他のサイトからの剽窃――言語道断の所業です。
 しかし間違えてはいけないのは,こうした行為をしているのは DeNA だけではないということです。DeNA の場合,「東証一部上場の大企業がこんなことをしている」ということ,また資本がきわめて大きいことからいわば成功しすぎたために,結果として世間の耳目を集めているだけであり,同様のことをしている企業および個人は星の数ほど存在します。DeNA が事業を畳むなり倒産するなりしたところで,第二第三の DeNA がその地位を引き継ぐだけです。

 では,そもそもの原因はどこにあるのか? 考えるまでもありません。「ウェブでバカを騙すのはカネになる」から,これに尽きます。
 スマートフォンやタブレットの急速な普及によって多くの人がウェブにアクセスできるようになった一方,消費者のリテラシ――知識,警戒心――は今なお未発達であり,コンテンツを提供する事業者との間には情報の非対称性が広がっています。人々は新しいツールで得られる情報を貪欲にむさぼっています。質は一切問われません。多くのアクセスを得られるコンテンツである掲示板などのコピペブログの記事は,既にソフトウェアによる自動生成が一般的です。文章自体が自動生成であること,すなわちワードサラダであることも珍しくありません。こんなあからさまなゴミであっても,多くの人々にアクセスされ,場合によっては読まれるのです。DeNA の記事群も,ゴミ情報という点では同じであっても,人の手によって書かれていて文法・文脈的破綻が比較的少ないという点では,まだマシな方です。資金力さえあれば,毒,すなわち世論や消費行動の誘導を意図した偽情報を盛り込むことさえ,きわめて容易です。
 この怒涛のアクセスをカネに変える魔法がアドネットワーク(そしてアドエクスチェンジ)の広告です。これは広告出稿者と広告掲載者の間に入る一種の広告代理業であり,出稿者と掲載者が直接交渉や契約をせずに広告掲載ができるようになります。掲載者としてはページにちょっとした html タグを貼り付けるだけです。コンテンツの質なんてどうでもいいですし,かかるのは僅かなサーバ代・ドメイン代くらいです。あとは獲物が罠に誘い込まれて広告をクリックないしタップするたび儲けが生まれるのです。ゴミからカネが生まれる。なんと素晴らしい錬金術でしょうか!
 そして,消費者が情報にアクセスするためにまず訪れる場所が検索エンジン 1であり,検索結果の上位に表示されること,同じ検索結果ページに表示される他のページに何か加えたような内容にすることによってアルゴリズムに「他のページより価値がある」と認識させることが,錬金術の効率を高める一番の近道なのです(ゆえに他のサイトからの剽窃が多くなることは当然の帰結です)。

 もちろん,検索エンジンのプロバイダ,Google や Microsoft 等にとって,検索結果へのゴミ情報の氾濫は看過できるものではありません。提供する検索エンジンの価値を貶め,競合に対する競争力を失わせることにつながるからです。実際,時折アルゴリズムの改良によってスパムの排除が試みられています
 しかし,大手の検索エンジンプロバイダは同時に巨大な広告事業者でもあります。たとえば Google はその収益の9割以上を広告事業から得ています。先述の通り,検索エンジンに現れるスパムは広告収入が目当てであり,その広告収入の一部は検索エンジンプロバイダ自身の利益でもあります。つまり,抜本的な対策が困難であるばかりか,最小限度の対策に留めることによってこそ利益を最大化できる構造となっているのです。これらの広告表示には,出稿された広告を配信している同じ会社が検索エンジンとして収集した閲覧者の情報が利用されています。
 加えて,検索エンジンは特定のひとつのサービスが圧倒的なシェアを握りやすい傾向があります。独占的な地位を得ているサービスは国により異なりますが,1位のサービスは80%以上のシェアを握っていていることも普通です。また,グローバルでは Google が約76%(2016年12月現在)を占めており,全体でも独占構造になっています。シェアが奪われる見込みがなく,またシェアを奪える見込みもなく,検索エンジンの間に競争が働かず,消費者に対するサービスの改善への動機付けが存在しないということも,こんにちの混沌とした状況に至った一因と言えるでしょう。

 今のウェブ広告の仕組み自体が原因となって生まれている状況であるため,将来については悲観せざるを得ません。無内容なスパムに悩まされることがなくなるのは,金銭という動機付けが失われるとき,すなわち今のウェブ広告の仕組みが破滅するときであるので,これはかなり先になりそうです。
 消費者にできるのは自らの行動に自覚的になることです。中身のないサイトに不用意にアクセスして収益をもたらすことのないようにすべきです。Firefox のユーザであれば Hide Unwanted Results of Google Search が役立つでしょう。また,固定化したシェアを揺るがして検索エンジンプロバイダの間の競争を促すことも必要であるはずです。日本であれば Google や Yahoo! Japan の代わりにシェアの低い Bing を使うようにするだけでも違いますが,理想的なのは DuckDuckGo を利用することです 2。DuckDuckGo はプライバシの重視と意図的な操作のない(フィルタバブルのない)検索結果を売りとする検索エンジンです。日本語での検索結果の品質はまだまだといったところですが,概ね実用的な水準に達しています。現在のところ DuckDuckGo は自前のクローラに加え Yandex など他の検索エンジンの検索結果も利用しており,スパムもありますが,少なくともスパムサイトと利害が一致してはいません。もしも DuckDuckGo のようなサービスのシェアが大手サービスに並ぶような事になれば,他の検索エンジンプロバイダに対するこれ以上ないほどの強烈なメッセージとなることでしょう。

16/12/03 加筆修正。タイトルの「コピペ」が不正確であったことから,「剽窃記事」に修正。

Notes:

  1. この記事では本来の意味の検索システムとしての検索エンジンのことではなく,ウェブ検索サービスを提供するポータルサイトの意味でこの語を使っていることを註記しておきます。
  2. 同様の存在として Searx というものもあり,こちらもおすすめです。Searx は DuckDuckGo と違いサーバサイドのシステムそのものが自由ソフトウェア(AGPLv3)として公開されているのが特長です。ただしこちらは検索エンジンとしての独自性を志向してはおらず,既存の検索エンジンの検索結果を組み合わせて使用するメタ検索エンジン以上のものになることを意図したプロジェクトではありませんので,既存の検索エンジンに与えるインパクトは限定的でしょう。

DDoS 攻撃者を「サイバーフーリガン」と呼んではどうか

 最近また DDoS 攻撃が増えているようです。
 DDoS 攻撃は一般に面白みのない単純な力技で,わずかな代金で攻撃を請け負う業者まで存在します。ボットネットの構築から自前でやるにしても,ソースコード付きのソフトウェアがウェブ上で流通しており,多くの人のセキュリティ意識は依然として非常に低いという現状があって(そう,専門家でもなんでもない普通のおっさんおばさんが相手なのです),脆弱性を抱えた情報家電も多く存在していることから,技術的にはそのへんの中学生でも簡単にできてしまいます。いにしえのハッカー・クラッカー論争は置いといても,このダサさを恥ずかしく思わない,あるいはダサいと気づかない程度の者は,いかなる定義によってもハッカーの範疇に含まれることはありえないでしょう。
 また,彼らは技術のみならず「抗議」の対象についてもしばしば無知です。たとえば,捕鯨への反対を大義名分に掲げつつも,実際に攻撃を受けているのは何の関係もない(しかし外国人への知名度は高い)組織が殆どです。その一方で,どことは書きませんが,捕鯨に関係の深い組織の大半は特に攻撃が観測されていません。そもそもターゲット自体が見当違いであり,抗議としての体をなしていないわけです。
 どこかで似たようなものを見たものがありますね。サッカーにおけるフーリガンです。彼らは必ずしもチームの熱心なファンというわけではありません。しかし,欠かさず試合を観戦し,ちょっとしたきっかけを目ざとく掴んではそれを理由にして大声で叫んで暴れます。それを見た他のフーリガンもまた集団心理で同調して暴れ始めます。赤信号もみんなで渡れば怖くないというわけです。そうして堰を切ったように暴れる者が増えてゆき,まもなく馬鹿げた大騒ぎへと至るのです。暴力の対象は問わず,無関係の人をも巻き込みます。
 思うに,近ごろの DDoS 攻撃者も似たようなものでしょう。誰それ構わず手当たり次第に DDoS 攻撃を仕掛ける攻撃者には何の美学も見いだせません。見えるのは自己顕示欲だけです。彼らをハクティビストと呼ぶのは本物のハクティビストに失礼というものです。彼らは完全に区別された名前で呼ばれなければなりません。また,動機が自己顕示欲であれば,ハクティビストというある種の“ブランド”から切り離してしまい,ダサくて取るに足らない存在として扱うことで,安易な違法行為に走る理由が失われることが期待できます。一つのアイデアとして,安直ですが,「サイバーフーリガン cyber hooligan」という呼び名を提案してみます。

社会不適合者の偉人たち

あるいは名も無き社会不適合者の自己弁護。

ディオゲネス(前412? – 前323)ディオゲネス
 古代ギリシアのシノペに生まれた哲学者。服もまとわずそのへんに転がっていた大きな甕の中でゴロゴロして暮らし,あらゆる知識を鼻で笑い,あらゆる慣習を放棄した。そして,しかめ面をした哲学者たちをからかって回った。ポリス(都市国家)への帰属意識の高かった時代にコスモポリタンを名乗り,自足することを目指すべき徳とし,何も所有しないことを勧め,実際に何も所有しなかった。
 プラトンはディオゲネスを評して「狂ったソクラテス」と言ったという。もちろん軽蔑する意図での発言ながら,なんと魅力あふれる二つ名であることか。この徹底した社会不適合っぷりながら市民には慕われていて,ディオゲネスが必要とするものがあれば何でも提供されたという。
・Russell, Bertrand “History of Western Philosophy” (Routledge, 2004) pp.221-223
16.生と死に向き合った哲学者たち – 7. 第二のソクラテス「酒瓶に住んだシノペのディオゲネス」
Diogenes of Sinope – Wikipedia, the free encyclopedia 2016/4/16
・京大西洋史辞典編纂会『新編西洋史辞典改訂増補』(東京創元社,改訂増補,1993) p.480(「ディオゲネス」)
 
ヘンリー・キャンベンディッシュ(1731 – 1810)197px-Cavendish_Henry_signature
 18世紀英国の化学者・物理学者で,科学者としての実績もさることながら,とにかくものすごい人間嫌いとして有名な人物。名門貴族の当主で大金持ちなのに人間嫌い。当世一流の碩学で知られ全国の知識人から広く尊敬を集めているのに人間嫌い。人間嫌いなので大学も中退。人間嫌いなので生涯独身。どれくらい人間嫌いなのかというと,人に話しかけられても返事すらしない。あまりに人間嫌いすぎて,存命中から注目を集め高い地位についていたにもかかわらずその人となりについての記録はあまり残っていない。特に女性が苦手で,自分の家のメイドと顔を合わせることも非常に嫌がる。たまーになにか言ったり,自ら満足した一部の論文を発表したりする。財産にも名誉にも全く興味がなく,ただ研究することのみを人生の意義として,78年の長い生涯を通して発見の多くは発表しなかったために,多岐にわたる分野の膨大な発見をしたにもかかわらず科学史に与えた影響はそれほど大きくなかった。死後発見された遺稿を見て科学者たちは「これが生前に公開されていたら」と惜しんだという。
イギリスのエキセントリック科学者の雄:ヘンリー・キャベンディッシュの生涯(1731.10.10-1810.2.24) 2016/4/16
Henry Cavendish – History of Science 2016/4/16
ヘンリー・キャヴェンディッシュ – Wikipedia 2016/4/16
Henry Cavendish – NNDB 2016/4/16
どこでもサイエンス (31) 天才&変人キャベンディッシュ | マイナビニュース 2016/4/16

フリードリヒ・ニーチェ(1844 – 1900)177px-Nietzsche187a
 ニーチェは幼い頃とても内気な少年だったという。やがて伝統的価値観への挑戦を志すようになるが,依然として人間嫌いのままだった。『新編西洋史辞典改訂増補』では「孤独で狷介な性格」と紹介されている。キリスト教(欧州における伝統的価値観)をルサンチマンとして攻撃した彼は,実のところ自分自身についてはルサンチマンの塊だったようで,彼の著作には自らがあまり認められないことに対する苛立ちのようなものが見え隠れする。苛立ちが頂点に達したのが『この人を見よ』で,自分がいかにエラくてスゴいのかが延々と書き連ねてある。これを書き上げた翌年にはとうとう狂気に飲み込まれてしまった。
 プライベートでも多難だったらしい。女性に対して非常に奥手でぎこちない一方,すぐ深く恋に落ちてしまう性格だったようで,生涯を通してさまざまな女性にまわりくどくてなんだかよくわからない手紙を書いてみたり,かと思ったら突然告白しては断られたりしている。福岡女子大教授(当時)恒吉良隆氏は論文「ニーチェをめぐる女性たち:ニーチェの女性観の背景(I)」で,ニーチェが惹かれた女性は「どちらかというと小柄で,繊細な感じの,しかも音楽好きのタイプ」が多かったと指摘しており,これもなんかなるほどねという感じである。最も深く恋に落ちた相手はルー・ザロメという当時21歳の女性だったと言われ,共通の友人であるパウル・レーと争ったうえ唐突に求婚し,すげなく断られて失恋している。この際の傷心は相当のものであったようで,自殺の意向まで仄めかしている。なお,この時のニーチェの年齢は38歳。いい年したオッサンが何やってんだか。また,ニーチェにはエリーザベトというブラコンの妹がいたが,だんだん差別主義に凝り固まり,ユダヤ人差別や保守的道徳観によってニーチェの研究や恋路をひたすら邪魔する存在となり,ニーチェのただでさえつらい人生を更につらくしていった。敬愛する兄を「取られる」ことに嫉妬したのだとも言われているが,なんにせよ,全くモテないのに勝手に恋に患うニーチェにとってはさらに妨害まで入るなんて本当に迷惑極まりない話である。そのうえエリーザベト自身はブラコンのくせにちゃっかり結婚してるし。あげく,ニーチェの没後はその思想をナチズムのために都合のいいように利用して,長らくニーチェに対する後世の評価を落とす原因となった。散々である。ニーチェは広場で鞭打たれる馬を見,駆け寄って涙をこぼしながら抱擁し,そのまま二度と正気に戻ることはなかったともいう。史実ではないにせよ,ニーチェの生涯をよく表している気がする。
恒吉良隆「ニーチェをめぐる女性たち:ニーチェの女性観の背景(I)」,文芸と思想,66,pp.85-53,2002
恒吉良隆「ニーチェをめぐる女性たち:ニーチェの女性観の背景(II)」,文芸と思想,67,pp.143-174,2003
・Russell, Bertrand “History of Western Philosophy” (Routledge, 2004) pp.687-697
・宗像恵/中岡成文編著『西洋哲学史〔近代編〕科学の形成と近代思想の展開』(ミネルヴァ書房,初版,1995) pp.275-283
・京大西洋史辞典編纂会『新編西洋史辞典改訂増補』(東京創元社,改訂増補,1993)p.552(「フリードリヒ・ニーチェ」)

エリック・サティ(1866 – 1925)
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 学校生活に馴染めずに名門パリ音楽院を中退し,長じてからはクラシック音楽の伝統を徹底して問いなおした異端児サティ。やはりというか,私生活でも変人だったようで,作曲家でなく「音響測定家」などと名乗っていたとか,信者が自分しかいない宗教を立ち上げて細かい設定まで考えていたとか,いつでも決まってスーツを着て山高帽をかぶりこうもり傘を携えていて死後アパートからは大量の傘が出てきたとか,そういう奇妙なエピソードには事欠かない。自らの編み出した「家具の音楽」に耳を傾ける聴衆に「お喋りを続けるんだ! 歩け,聴くんじゃない!」と叫んだサティは,自らの作品に取ってつけたようなナンセンスでしばしば猥雑な歌詞をつけるのが趣味だったようで,とにかくスノビーな価値観をいかに冒涜できるかに心血を注いでいたとしか思えない。音楽家にしては珍しく若い頃の浮いた話は残っておらず,27歳になってシュザンヌ・ヴァラドンという女性と交際を始めるものの,たった半年で振られている。その後は生涯独り身を貫いた。つらい。キャンベンディッシュのように自分の世界の中にしか興味がないのかといえばそうでもなく,政治活動や後進との交流にも積極的に取り組んでいたりするし,いい年してナンセンスなバカ映画に出演してはしゃいだりもしている。もう社会に適合できなくてもいいじゃないか,金も名誉も愛だっていらねえじゃねえかと思わせる,自由で愉快な生き様。
有田英也「音楽とテクスト――エリック・サティの音楽論をめぐる一考察――」 http://www.seijo.ac.jp/graduate/gslit/orig/journal/europe/pdf/seur-11-02.pdf
Erik Satie – Music Academy Online 2016/4/16
Erik Satie – Wikipedia, the free encyclopedia 2016/4/16
Erik Satie: a life less ordinary | Music | The Guardian 2016/4/16

フランツ・カフカ(1883 – 1924)
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 ここまでに紹介した他の4人とは違い,公務員として立派に社会に溶け込んでいた真っ当な人物である。ただし,自ら気に入った作品は聴衆の前で好んで朗読するかと思えば,未発表の原稿は死後全て焼却するよう友人に遺言するなど,自意識過剰な完璧主義が透けて見え,また発言からは,人生について一貫して悲観的,虚無的であったことがわかる。やはりどちらかというとこっち寄りの人物だったようである。しかしその一方で,結婚こそしなかったもののいつでも誰かしら自らを愛してくれる女性に恵まれていて(このリア充め!),仕事にも熱心で,人当たりの良い人物だったという評価が残っている。そのためか,ユダヤ教の聖者のように仕立てあげられたり,逆に女たらしの野心家だったと言われたりと,人物像が一定しない。個人的には,悲観主義的で繊細ながら確固とした思想と,フレンドリーかつ謙虚な性格の持ち主であり,内に大きなエネルギーを秘めつつも現実的なところで妥協することを心得ている人物だったのだろうと思う。大学時代,本当は哲学に興味があったが,父の反対で断念。妥協の結果としてあまり気の進まない法律を学びつつ,芸術関係の講義を受けたり哲学の話をしたりして過ごす。そんなわけで成績はあまり良くなく,なんとか卒業できたという感じだったようだ。このへんはなんだか親しみを覚える。卒業後は政府の傷害保険局に勤務。有能な職員として出世は重ねたが,いわゆる普通の公務員としての生活を送った。しかしそのおかげで,安定した生活を維持しつつ自分の時間を多く取ることができ,執筆活動に精力的に取り組むことができた。また,彼の作品に登場する不条理なシステムのモデルはオーストリア・ハンガリー帝国末期の官僚制にあるというのはよく指摘されていることであるし,『流刑地にて』など,傷害保険局職員としての業務内容が色濃く反映されている傑作もある。もしカフカが現実に折り合いをつけて平凡な職業を選んでいなかったら,あの歴史に名を残す作品群は生まれていなかったかもしれない。
 ……あれ,おかしいな? 社会に適合したほうがいいみたいな結論になってしまった?
The Kafka Project | Biography | Kafka’s Life (1883-1924) 2016/4/16
フランツ・カフカ – Wikipedia 2016/4/16
Franz Kafka – Wikiquote 2016/4/16
第二十三話 フランツ・カフカの光と影 – 歴史ぱびりよん 2016/4/16

国民に対する国家の暖かな見守りによって平和と安全を実現するための穏健なる提案

著作権侵害サイト遮断 政府が導入検討、海外経由に対応  :日本経済新聞

 まだ確定した話ではありませんが,昨今の政治情勢を見る限り,きっと実現することでしょう。これはまさに私が待ち望んでいたものです。フィルタリング導入という第一歩に加え,同じフレームワークでの用途拡大という第二歩を踏み出すことによって,わが国のあるべき姿の実現への道筋が確固たるものになるのです。実現すれば,改正通信傍受法や特定秘密保護法と並び,わが国を守る強力な武器になることでしょう。
 
 この機会に,私の持つ意見と提案について述べましょう。
 
1. インターネットの監視・フィルタリングを推進せよ
 今やインターネットは人々の生活に欠かせないものとなりました。しかし,今のインターネットは美しい場所とはいえません。それどころか,あらゆる犯罪や悪徳が渦巻く,この世で最も醜悪な場となっています。それもただ醜いだけではありません。凶悪な犯罪者たちが違法な情報を得たり連絡を取り合ったりするのに使う,極めて危険で有害な場でもあるのです。残念ながらわが国では「通信の秘密」なる奇妙な概念が導入され,戦後はこれが金科玉条のように守られてきました。しかしこの概念は何の根拠も持ちません。時計の針を70年ほど戻せば,政府が国民の手紙や電話を監視することは当たり前でした。それによって危険人物をあぶり出し,テロを未然に防ぐことができ,社会の秩序安寧が保たれていたのです。また海外に目を向ければ,政府がすべての通信を監視することが合法である国は多く存在します。テクノロジーの進歩はあらゆる通信を自動で監視することを可能にし,手紙や電話を人の手で監視していた時代とは比べ物にならないほど有効な監視ができるようになっているのです。にもかかわらずわが国では,「通信の秘密」なる破綻した概念によって,今も恐ろしい犯罪者が野放しになっています。野放しになっている犯罪者が,明日にでも,他でもないあなたやあなたの大切な人を殺すかもしれないのです!
 期待できる動きもあります。その最たる例が冒頭で述べたフィルタリングです。これは本来憲法における「通信の秘密」に抵触しうる内容なのですが,リストの作成を民間組織に行わせる一方,その組織と政府との間で密接な関係を保ち,また他の選択肢を事実上取れなくすることによって,政府が直接監視するのと同様の効果を保ちつつ,電気通信事業者法の枠内の問題とすることができます。もともと児童ポルノ規制のために考案されたフレームワークですが,今の政治情勢であれば,著作権侵害の抑止も違法性阻却事由であると裁判所に認めさせることも,簡単ではないにしても必ず可能でしょう。その調子で次々対象を拡大していけばよいのです。しかも,これは極めて重要ですが,憲法であっても,規定のあまりに困難で不便な改正手続きを踏まずに事実上改正することはわけない,憲法など無視したとて大半の人はほとんど関心を寄せないということが明らかになっています。可能性はまさに無限大です。来たるべき新しい国の実現を前に,私は興奮を抑えられません。

2. 暗号化を禁止せよ
 暗号化! なんと恐ろしい響きでしょう。データを隠して一体どうしようというのでしょうか。Tor のように通信経路を秘匿化するものもありますが,これも同様に禁止すべきものです。誰もが知っているとおり,善良な人物は隠し事など持ちません。隠し事をする必要があるのは,詐欺師や殺人犯,危険思想の持ち主,生来の異常者のような反社会的な悪人だけです。データの暗号化などを試みる者は,外国のスパイやテロリスト,小児性愛者のような異常で社会と相容れない凶悪犯であることは論を俟ちません。むろん,業務上の要請など個人的ではない理由から,不本意ながらデータを隠さないといけない場合もあるでしょう。しかしその場合においても,政府に対しては当然全てを見せることができるはずです。もし万が一開示を拒むようなことがあれば,その組織は政府に対して隠し事をしなければならないということであり,実際には反社会勢力による偽装組織であると証明されます。
 政府によるバックドアのない暗号化技術を利用する者は凶悪な犯罪者だけであり,完全な秘密を持つことが許されるのは,国民の命を守る存在である政府だけです。一刻も早く暗号化を禁止し,違反者に重い刑罰を課すとともに容易に余罪を追求できるようにすることが必要です。なにも極端な話をしているわけではありません。世界第二位の経済大国も含む,多くの国で既に無許可での暗号化が違法となっています。監視後進国のわが国でそれが急には難しいというのであれば,捜査の対象となった者に対し全てのパスワード等の開示を義務付け,それを拒む場合に刑罰を課すという立法を早急に行うべきです。これは完璧ではないにせよ,国民の安全を守るための重要な一歩になることは間違いありません。

3. 予防的な家宅・身体捜索を実現せよ
 現行の制度では,残念ながら,確固たる証拠がないと有罪と断じることはできないことになっています。幸いわが国では「疑わしきは罰せず」といった頑迷な信条は一般には広まっていませんが,それでも司法の場でははっきりした証拠を示さねばなりません。インターネットに関連する犯罪についても,被疑者(これはもちろん犯人とほぼイコールです)のローカルのデータを調べる必要がある場合がほとんどでしょう。そこで役立つのが,予防的な捜索です。被疑者に感づかれれば,証拠を抹消されるかもしれません。少しでも疑念があれば予防的に捜索をするようにすることによって,犯罪の証拠を確実に発見,あるいは犯罪を未然に抑止できるようになります。たとえ犯罪を裏付ける証拠を得られなくとも,メールやチャットの記録を調べることによって他の潜在的な犯罪者もより容易に洗い出すことができるようになりますので,危険分子摘発の効率は飛躍的に向上します。
 素晴らしいことに,上で述べた内容は既に部分的に実現しています。それがいわゆる「別件逮捕・別件勾留」です。残念ながら一部の無責任なマスコミや国民の反発によって充分な効率は実現できていませんが,わが国の秩序は別件逮捕の存在によって保たれていると言ってよいでしょう。将来的には,警察が捜索を行うに先立って裁判所の令状が必要になるという「令状主義」の非効率性そのものを是正すべきですが,近年のわが国では司法が行政に反抗することはあまりありませんので,近いうちに制度改正なしに実質的な是正が実現することでしょう。
 憲法に違反する,という反論もあるでしょうが,それは誤りです。そもそも先述のように憲法の規定に実質的な意味は何もないということは置いておいても,公共の福祉(これはすなわち,全体の利益の前には個人の利益は無視できるという意味です。憲法学者は異なった見解を述べていますが,そのような現実を踏まえない机上の空論を顧みる必要はありません)によって,完全に合憲であることが明らかです。
 守るべきは犯罪者の権利ではありません。正しく生きる善良な一般人の権利です。

4. 雑多な意見を統制し,政府見解を世論とせよ
 私が常々心を痛めていることに,本来指導者たりえる分でないにもかかわらず,自分自身で考えたり,自分の意見を持ったり,あまつさえそれを発信したりする人々がいることがあります。このような行為は社会を徒に混乱させるだけです。血脈によるのか文化資本によるのかはさておき,人に支配する者と支配される者が存在しているのは,アリストテレスも述べているとおりです。近代以降,人は誰しも平等であるなどという危険思想が世界中に広まっています。わが国もまた例外ではなく,党のある幹部が指摘したように,天賦人権説のような誤った考え方が広く浸透しています。この元凶は教育にあり,わが国で最も権威ある新聞が報じたように,「立憲主義」について「権力を持つ者をしばる」と説明されるなど,極端に偏向した刷り込みが行われているのです。こうした誤った考えは国民の間から永久に消し去らなければなりません。国家的な意思決定に参加することができるのは,高い地位を持つ家庭に生まれたエリートだけです。幸い,党は初・中等教育の改革に成功しつつありますので,いずれ人々は分をわきまえて行動するようになるでしょう。
 
5. 党への国民の絶対の服従を実現せよ
 党は常に完全であり,誤りを犯すことはありません。これは,裏返せば,党に反発する者は常に誤っているということを意味します。それもただ単に誤っているだけではなく,敵国からやってきたスパイや,破壊活動家,思考犯や反逆者であることが殆どです。わが国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障を実現するためには,これらの危険分子を一掃し,また反逆の恐れがないほどに人々の党に対する忠誠を確固たるものにする必要があります。そのためにも,インターネット上の有害情報を遮断し,通信内容について検閲を推進し,インターネットに関連する違法行為の捜査を強化しなければなりません。この意見に反対する者はこの国には一人もいないでしょう。もし存在すれば,それは敵国のスパイかそれに類する善良な国民の敵に他ならず,即座に検挙せねばなりません。もちろん,この文章を読んでいるあなたも私の意見に全面的に同意してくれることでしょう。私は,あなたが党の方針に逆らうような愚を侵さず,善良で模範的な国民として生活することを望んでいます。ビッグ・ブラザーはあなたを見守っています。

202X年 HMD のある暮らし

 けたたましく鳴る目覚まし時計のアラームで目が覚めた。時刻を見ると,8時半。ちょっと寝坊してしまった。ベッドから飛び起きて,急いで身支度を整える。寝ぐせを櫛でねじ伏せて,顔を洗って。財布を忘れず持ったことを確認してから,充電台から「眼鏡」を取って装着した。
 <おはようございます>
 自動で「眼鏡」の電源が入って,控えめな色の文字が視界に浮き出る。これからまた家に帰るまで,自分はこの「眼鏡」越しの景色を見て過ごすことになるわけだ。この「眼鏡」というのは,もちろん単なる眼鏡ではない。最近出てきたちょっと面白い機械で,見た目は普通の眼鏡と何ら変わらないながら,液晶ディスプレイのようにさまざまな情報を表示できるのだ。つまり,現実世界に「眼鏡」の映像が重なる格好になる。これを「拡張現実」と言うそうだ。拡張現実。まったくその通りで,入力も出力も肉体とうまい具合に一体化している。たとえば,「眼鏡」のディスプレイが表示可能な領域は視界のほとんど全体に渡っていて,ヴァーチャルなものを全く違和感なく現実に重ね合わせることができるし,つるに内蔵された骨伝導イヤフォンで音も鳴らすことができる。操作もいかしていて,視界全体がまるでタッチパネルのように指で操作できるほか,簡単な機能は視線ジェスチャで,目を動かすだけでもできる。ほんの数年前まで,ちっちゃいタッチパネルを親指で必死にいじくっていたことを考えると,まったく信じられないほどの進歩だ。
 いや,そんなことを言ってる場合じゃないな。なんとか次のバスに間に合わせないと!

 急いだおかげか,ちゃんとバスに間に合った。そのうえ意外に空いていて,席に座ることもできた。これはありがたい。
<「今日のニュース」>
 一息つくと,「ポーン」という電子音とともに文字が浮き出て,ニュース記事の一覧が空中に現れた。「眼鏡」はなかなか賢くて,GPS や加速度センサなどの情報をもとに,ユーザがいまどこで何をしているかを判断して動いてくれる。この場合は,バスが発進したことを認識して,いつも退屈まぎれに開く「今日のニュース」アプリを自動で表示したわけだ。こういうのを「コンテキスト・アウェアネス」と言うらしい。この流れは最初からプログラムされていたわけでもなければ,自分で設定したわけでもない。ただ,バスが発車したら「今日のニュース」を開く,ということを何度か繰り返しているうちに,機械の方で勝手に覚えてくれたのだ。
 どれどれ…… ん,「松野家,牛丼また値上げ」? こいつはけしからんな。いくら上がるんだろう。気になったニュースがあれば,ただ単に指を伸ばしてその記事のタイトルを押せばいい。もちろん現実世界には何も無いのだけれど,「眼鏡」の視界では30cmくらい離れたところにディスプレイがあるように見えて,そのあたりを指で触るようにすればちゃんと反応してくれる。この仕組みはなかなか不思議だけれど,超音波とサーモグラフィーの組み合わせで実現しているらしい。なんとも便利だが,一つだけ問題がある。傍から見たら不審者以外の何者でもないのだ。「眼鏡」もだいぶ普及してきたので購入当初のように不審者を見る目で見られることも少なくなってきたが,やはりあんまり格好の付くものではない。メーカーも同じ事を思っているのか,近頃は脳波を読み取って操作する仕組みの開発に力を注いでいるとのことだ。実現まであと一歩というところまで来ているらしい。これが使えるようになれば,もう人の目を気にする必要もなくなるだろう。
 ちなみに牛丼は30円値上がりするらしい。貧乏学生にはつらい話だ。

 午後の講義がひとつ休講になった。図書館で本を読んでもいいが,せっかく天気がいいのだから少し散歩でもしよう。ジェスチャーで「眼鏡」のメニューを呼び出し,「ヴァーチャロポリス」を起動した。これはいま世界中で大人気のアプリで,現実世界のあらゆる場所,物に好き勝手にメモを貼ったり 3D モデルを置いたりできる,言わば VR 掲示板だ。20年近く前,日本の会社がこれとよく似た機能を持った携帯電話アプリをリリースしたそうだが,当時のハードウェアの制約からあまりうまく行かず終わってしまったらしい。世に出るのが早すぎたとしか思えないものが,世の中には時々あるものだ。
 新しいもの好きの人が多いキャンパスだからか,あまり人の通らないような裏道であるにもかかわらずやたらめったらと書き込みが多い。「ここで携帯電話を落として壊した。かなしい」お気の毒に。「至急! 誰か“UNIX システム概論”のノート見せて!」授業に出ろ。「ここでツチノコを見た。転がるようにして逃げていった」んなアホな。「この木の名前知ってる人いたら教えて」これは心当たりがあるので返信。「たぶんサルスベリじゃないかな」
 陽にあたって健康的なんだかネット浸りで不健全なんだかよくわからない散歩をしているうちに,次の講義の時間が近づいてきたので,講堂に向かった。

 退屈な授業を終えてバスに乗ったが,今日はまだ家には帰らない。新宿で旧友と少し飲む予定があるのだ。連中と会うのは久々なので,なかなか楽しみなところ。
 <新宿までの乗り換え案内を表示しますか?>
 駅構内に入ると,半透明のウインドウが表示された。スケジュール帳のデータから新宿に行くということを予測し,乗り換え案内を自動で検索してくれたのだ。「はい」ボタンを押すと,何分の電車に乗ればよいのかの案内が表示された……が,電子切符のクレジットが切れていたんだった。まずは入金しなきゃなあ。指先でウインドウをひょいとつまんで脇に移動させて,券売機へと向かった。

 電車はかなり混んでいた。電車に限らず,公共交通機関というのはどうも好きになれない。むやみに人が多くて心が荒んでくる。混んでいなければそうでもないが,いつ乗っても混んでいる気がする。絶望的だ。でも,そんな電車の中を多少はマシにしてくれるものがある。それが「眼鏡」だ。ほら今も,電車が発車したことを認識して,自分好みのラテンジャズをかけてくれている。
<「読書」アプリを起動しますか?>
 こう混んでいては手を動かしてボタンを押すわけにはいかないので,両目をぎゅっとつむる。これが「はい」の意味だ。すぐに画面が切り替わり,読みかけの『日本の宇宙開発史』が表示された。ページ送りは自動で,視線の動きを認識してうまいタイミングで次のページに切り替えてくれる。
 さて,つり革にしがみ付きながらではあるが,しばらく本を読みながら到着を待つことにしましょうか。あいつら,変わってないかなあ。

レノボが自社製 PC に悪質なアドウェア「Superfish」を載せて出荷した話

 何日も前の話ですが,別に速報したいわけでもないので気ままにメモ。経緯も面倒なので端折ります。上のリンクを見てください(丸投げ)。
 19日ごろから,レノボ製 PC の現行モデルの多くに「Superfish」という非常に悪質なアドウェアが組み込まれているということが大きな話題となり,レノボに批判が集まりました。内容や問題点については以下のページが詳しいですが,簡単に言えば,サーバとブラウザの間の通信を勝手に盗み見て改竄する(広告を挿入する)というもので,この機能を実現するために独自の証明書が信頼できる証明書として登録されてしまっているのですが,そのやり方がむちゃくちゃで,秘密鍵が抽出でき,悪用し放題となってしまっているというのです。

Superfishが危険な理由 – めもおきば

 Superfish がここまで問題視されているのは,技術的にあまりにお粗末で,第三者による悪用のリスクが非常に高いためでしょう。シュリンクアップ契約のようなものであれ,流石に何らかの合意は取ってあるでしょうから,合法ということにはなるはずです。しかし,もし仮にもっとうまく作られていたとして,リスクが限りなく低く保たれていたとしても,やはり企業として超えてはいけない一線を超えてしまっていると思います。暗号化通信への介入は,その当人のみならず通信の相手の機密をも侵すものですから,本来,片方の当事者のみの合意によって正当化されるべきものではありません。どうしようもない場合もあるでしょうが,それにしても,ウイルス対策など社会的に大きな意義のある目的に基づく場合について,必要最小限の通信を対象とすべきであり,かつ前提として,他に現実的に取りうるよりマシな選択肢がない必要があるはずです。しかも,パターンマッチングなどによる,安全保障上の危険分子や違法なファイルの共有者などの炙り出しのための非公開のファイルの“機械的検閲”が,少なくとも米国や中国などにおいては,事前・個別の令状取得や本人の合意がなくとも合法なものとして認められ,横行しているのが現実です。この文脈上,暗号化通信への介入への問題は人権としての表現の自由とそれに由来する通信の秘密についての問題にも繋がりうるものです。Superfish は暗号化通信を不必要に広範に暴くものであり,ただ単に「脆弱性を作りこんだ」という以上の意味があります。
 しかしまあ,暗号化通信への介入と書き換えという極めて重大な意味を持つ行為が,ただ単に広告を挿入するためだけに実行されたことも,この業界における消費者とメーカー・ソフトウェアベンダーの力の関係からすれば何ら怪しむには当たらないでしょう。なにせ,ユーザーのプライバシーについて,法律に規定されたごく最低限のものを除き殆どあらゆる権利がメーカー・ソフトウェアベンダーに留保され,ユーザーすなわち消費者の権利は彼らの EULA の書き方と良心にかかっているという状況なのです。「お客様は神様です」も考えものだとは思いますが,お客様が家畜か何かのように扱われるのはもう問題外でしょう。極端な例として,ここ数年,ロシア政府やドイツ政府がタイプライターの導入を検討しているというニュースが流れ 1,笑い話のように語られてきましたが,このいびつな業界慣行が是正されないままであれば,これが笑い話でなくなり,「機密情報は PC では扱わない」が常識となるのもそう遠い未来の話でもないかもしれません。

最後に,EFF 2 と MIAU 3 と Debian 4 の寄付ページヘのリンクを貼ってみたり。
Donate to EFF | Electronic Frontier Foundation
MIAU : 寄付のお願い
Debian — Donations

Notes:

  1. In the name of security, German NSA committee may turn to typewriters | Ars Technica
  2. 電子分野におけるユーザーの権利を守ることを目的とする米国の非営利団体で,世界的な影響力を持つ
  3. EFF と類似の目的に立つ日本の団体
  4. 特に影響力のある Linux ディストリビューションのひとつで,コミュニティにより民主的に開発され,Ubuntu や Linux mint のベースにもなっている

「3D プリンタ法規制反対」への違和感

3D プリンタで DIY 銃「Liberator」を作成した大学職員が銃刀法違反の疑いで逮捕されたというニュースが世間を賑わしています。発見された銃は銃刀法施行規則に定められているところの規制値を大きく上回る能力が認められたとのことで,被疑者も容疑を認めているとのことです。この事件を受けてさまざまな角度からの議論が展開されつつあるのは周知の通りです。

さて,この問題について一つ気になることがあります。それは,Twitter 等で,3D プリンタへの法規制に反対する意見がきわめて多く見受けられることです。もちろん短文の投稿を見るだけではどの程度までの規制に反対しているのかを知ることは難しいですが,一切の法規制に反対,(2D)プリンタと同等の扱いにせよ,といった意見が圧倒的であるように見受けられます。

はっきり言って,こうした意見は無責任であり危険でさえあるように感じます。

社会の安寧に対する危険ではありません(いや,もちろんそれもありますが)。3D プリンタの未来と自由に対する危険です。

まず確認しておきたいのは,規制の当否はメリットとデメリットの兼ね合いによって決まるということです。私はインターネットの自由についてはアナキストに近い(笑)ですが,これは電子回線越しの殺人は当分実現しそうにないということ(詳細は割愛)と,多くの場合でネットの規制は精神的自由の制約に直結するというのがその理由です。たとえば米国愛国者法に基づく検閲の場合ですと,「テロや犯罪を未然に防げることがある」というのがメリットであり,「米国サービスを利用している外国人の思想信条等を丸裸にして管理することができる」というのがデメリットです。私は,検閲のメリットはこのあまりに重大なデメリットを上回るものではないと確信しています。この点,3D プリンタの法規制,たとえばカセットを購入する場合の本人確認などが考えられますが,これは精神的な自由を何ら制約するものではありません。

話を 3D プリンタに戻しましょう。3D プリンタでの武器製造は現実的でないという意見を多く目にします。確かに 3D プリンタは非力です。パーソナルタイプ(非事業用)の物は特にそうです。オウムの組織的に作られた密造銃でさえすぐにダメになるものだったそうですから,プラスティックの銃など使い捨てに近いでしょう。暴発のリスクも無視できません。これなら,より強力で安全な武器が他にいくらでもあります。――しかしそれは,今,現時点の 3D プリンタだけを見た場合についての話です。3D プリンタの解像度は向上しつつあります。実際,ほんの数年前までは「ぼこぼこして糸を引いた粗雑な塊」というのが 3D 印刷物でしたが,このイメージはもはや過去のものになりつつあります。また,金属を印刷することのできる 3D プリンタも出回るようになってきました。現状では仕組み上それほどの強度は出そうにないですが,産業界に強いニーズがありますので,遠からず改善策が提案されるかと思います。3D プリンタの進化の速度を考えると,今現在市販されているもののみを前提として想定するのはあまりにナンセンスだと言わざるを得ません。また,鉄パイプからでも銃は作れるので 3D プリンタのみを規制する理由はない,という意見もありましょう。鉄パイプから銃が作れるのはよく知られた事実です。しかし,熟練した技術を持った者が多大な労力をつぎ込まないと銃ではなく爆弾になるだけ,というのもまたよく知られた事実です。一方で 3D プリンタでは,ただボタンを押すだけで合理的な構造の銃をいくらでも大量生産できます。しかも,先で述べたように,成果物の性能はどんどん向上してゆくと考えられるのです。このように,3D プリンタによる武器製造のリスクは,仮に現時点では低いにしても,ごく近いうちに無視できないレベルになると考えるべきです。

3D プリンタによる武器製造のリスクが存在するとしましょう(まだ納得できない方もいるでしょうが,一つの可能性として考えてください)。すると,法規制が存在しない場合に,いったいどのようなことになるのでしょうか。まず考えられるのは,強力な自主規制です。自社製品で印刷した銃による殺人事件が多発すればブランドイメージに傷が付きますし,警察に目をつけられることになるかもしれません。避けるべきリスクは避けるのが経営というものです。少し毛色が違いますが,テレビで,その内容についての規制はほとんど存在しないにもかかわらず自主規制によって横並びの報道しかされていないという事実は,大きな力と大きな責任を持った企業がどういう行動を取るのかを考えるにあたって示唆を与えてくれます。もちろん,放送とは違い参入撤退が自由な業界ですから,Winny を開発した金子氏のように,自主規制に従わない主体も出てくるでしょう。すると考えられるのは警察権力の持つ裁量の伸張です。よく誤解されていますが,Winny 事件はあくまでも Winny という特定のソフトの開発が著作権侵害の幇助にあたるとしただけで,P2P 自体がどうこうという話ではありませんし,ましてや P2P を禁止する法律があるわけではありません。国内において P2P 利用の機運が萎縮したというのはありますが,これもあくまでも過剰な自主規制の結果であり,米国でも同様の判断はあるにはかかわらず,向こうでは仕組みを工夫することで積極的に P2P を利用しています。閑話休題。Winny は著作権侵害を想定して開発されたのに対し 3D プリンタは何も銃を作るための機械ではありませんので同列に扱うのは適当ではありませんが,クリティカルに合致する法(条文+判例)は存在しないが「疎ましい」存在に対して検察がどうのような対応をするのかをよく示す一件です。検察も条文や判例には逆らえませんので,そこで明示的に許されている範囲内であれば起訴されることはまずないでしょう(尤も本来であれば逮捕や起訴自体は好きにやって問題はない云々とかそういった話もあるにゃあるんですが,長くなりますので割愛)。何の明文の基準もない中で,自主規制で窮屈な思いをしたり,警察に怯えたりしながら暮らすのは,果たして自由なのでしょうか?

法規制。いかめしい字面ですし,なんだか管理されるようで嫌な感じがします。しかし,この社会はすべてルールから成り立っているのです。そのルールの中で最もマシなものが,明示的で公平なものである法律です。リスクのあるところにルールが一切存在しないことなど存在し得ないのであり,あまりの理想主義は却って悪い結果を招くことにもなりかねません。そのため私は「3D プリンタへの法規制反対」に反対します。

参照:
3Dプリンターで銃自作か 大学職員を所持容疑で逮捕:朝日新聞デジタル
自動小銃密造事件 – Wikipedia
金属を造形できる家庭用3Dプリンターが75,000円で登場 | 3Dプリンター 家庭用なら、3D CAD DATA.COM